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瞑想のすすめ その2

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瞑想には大まかに2種類、集中する瞑想(サマタ瞑想)観察する瞑想(ヴィパッサナー瞑想があります。その方法を簡単にご紹介します。詳しい方法については記事末の参考文献をご覧くださいませ。

 

◎集中瞑想

集中瞑想はその名の通り、何かに意識を集中させていくのを主眼にしています。対象はいろいろありますが、私が習ったのは呼吸に意識を向けるものです。

 

静かに座り、姿勢を正し、リラックスした状態で目を閉じます。
自分の呼吸に意識を向け、息が入ってくる様子、息が出ていく様子、鼻から空気が入って肺に入っていく様子、また出ていく様子をつぶさに見ていきます。
ただただ呼吸に意識を集中して、それ以外のことに意識がいってしまったら、また呼吸に戻します。あくまで呼吸だけに集中していきます。
これをしばらく続けていると、心身ともにとても静かな状態になります。さざ波一つない水面のような静寂。澄み切ったような感覚に、だんだんと気持ちが良くなります。この状態を保っていくのが集中瞑想です。

 

◎観察瞑想

観察瞑想は、ゴータマ・ブッダが説いたといわれる「アーナーパーナ・サティ(出入息念)」に基づく瞑想法です。
そのなかで、観察瞑想のポイントを16示して分かりやすく説明されています。
おおまかに、呼吸に気づくこと、身体感覚に気づくこと、感情に気づくこと、心の状態に気づくこと、その法則性に気づくこと、という内容で構成されています。

 

集中瞑想と違うのは、意識を集中させていくわけではないという方向です。
あくまで「今起こっていること」をただ観察することに重点が置かれます。今起こっていることを見る視点が16あるということです。人間の意識はいっぺんに多くのものを捉えられませんので、一つ一つ丁寧に見ていくという感じです。
まずは呼吸から、そして身体、感情、心、法則性。最後の法則性というところは難しいです。法則性というのは、無常であること、不満足であること、自我が実は幻であることの三つで、無常・苦・無我といわれています。ここらへんは仏教の大事なところなので、簡単ではないかもしれませんが、続けていれば、「あーなんかそうかもしれないな」くらいの感覚にはなりました。

 

観察瞑想は、さまざまな視点から「今起こっていること」を判断をさしはさまずに素直に観察するということが要点です。そうすることで、自分を含めた現象を客観化できるようになり、冷静な判断が可能になってきます。怒りも、痛みも、喜びも、あたかも科学者のように自分の心を観察することで、苦しみから一歩離れたところに立つことができるわけです。

 

これを映画「マトリックス」に例えると、マトリックスから飛び出したネオのような視点です。世界が二つあると分かれば、深刻な悩みは減るのではないでしょうか?
ちょっとうまく書けませんが、この世界だけが世界ではないという発見をするのが仏教の醍醐味だと思います。

 

瞑想には大まかに集中瞑想と観察瞑想があって、それぞれちょっと方向性が違うのが伝わりましたでしょうか。
個人的には、最初は集中瞑想をしっかりやりつつ、集中が習得できてきたら、観察瞑想もはかどるような印象です。

 

瞑想は慣れないうちは大変かと思いますが、時間をかけてもチャレンジする甲斐のあるとてもすばらしいものです。怒ることがなくなりますし、他人に親切になれます。なにより幸せを感じることが増えます。
少しでもご興味ある方は、ぜひ挑戦してみてください。おすすめです。

 

 

<参考文献>

『呼吸によるマインドフルネス』ブッダダーサ比丘、サンガ、2019

『ブッダの<呼吸>の瞑想』ティク・ナット・ハン、新泉社、2012

『ヴィパッサナー瞑想』マハーシ・サヤドー、サンガ、2016